
国政への挑戦 米山隆一氏に聞く
郵政解散後、何かと話題の多かった9月の総選挙に自民党公認候補として新潟5区に出馬した米山隆一候補は、実は鉄門出身者。
10万票強を得票した田中真紀子氏に対し、あと2万票にまで迫る善戦を見せた。
衆院選の激動を戦い抜いた米山先生に、選挙を振り返り、国政を目指すに至った足取りについて、お話を伺った。
先生は現在、米国に在住のため、メールによる一問一答形式での取材となった。
―――医者を本職としながらも、国会議員を目指そうと思った動機は何だったのでしょうか。
この質問は割と多く受けました。
そのたびに私は多少反則気味なのですが、『では、ご自身は、政治家になる機会があったらなりたいと思いますか思いませんか』と逆質問で返しています。
医者に限らないと思うのですが、社会に出て働くと、誰しも社会や国に対して言いたいことがたくさん出てきます。
医療体制、研究体制、社会経済のあり方、それらに皆さん、様々な意見を持っていると思います。
それらの意見を、出来ることなら国政の場できちんと訴えたい、そして更に可能なら、それを実現したいというのは、実のところ非常に多くの人が持っている基本的な欲求なのではないかと思います。
私は、医者に限らず、様々な分野の人がある時点で政治家を志してその意見を国の施策として反映させていくことは、現場の視点を国政に反映できる望ましいことなのではないかと思っています。
―――政治の道にはいつごろから興味をお持ちになり、どのようなきっかけで出馬されたのでしょう。
漠然とした意識は、実はかなり幼い頃からありました。
ただそれはあくまで漠然としたものに過ぎませんでした。
きっかけというか現実的に考え出したのは、政治の55年体制が崩れて、各党が『公募』で候補者を決めるようになった頃からです。
『公募』ならいつか私が出てもいいのではないか、とそんな思いをその頃から持つようになりました。
そういった思いがあったことと、実家が田舎で、親類に多少なりとも政治にかかわる人がいたことから、地元の方に『いつかは』という意志があることは伝えておりました。
そこに今回の急転直下の郵政解散があって、具体的な話が舞い込んできましたので、これはチャンスだと考えて、決意しました。
―――選挙活動は医学生、医師には縁遠く思われます。医師の立場から見て選挙活動はどう感じられましたか。
医療と政治は一般にはとても遠いと思われているのかもしれませんが、実はビジネスと政治よりはよほど近い部分があります。
ビジネスというのは基本的に、お金を儲けることを目的として、お金の計算を一定規模で正確に実行できる人同士の間でなされます。
それは実のところ、社会の限られた一部の層だけを対象にしているという面があります。
これに対して医療は、その性質上当然ですが、社会に存在する全ての人が対象になります。
政治もこれと同じで、賛成派から反対派まで、政治に興味がある人からない人まで、全ての人を相手として引き受けなければなりません。
そういった意味では、医療と政治は思っていたよりずっと似ている活動だと、私は感じました。
自分のことは置いておいての単なる一般論なのですが、よい研究者が必ずしもよい政治家になれるとは思わない一方、よい臨床医は恐らくかなり高い確率でよい政治家になれると思います。
―――今後については。
選挙には次も挑戦するつもりです。
ちょっとドンキホーテ的に見えるかもしれませんが、胸の中に日本の未来像についての情熱が燃えている以上、その実現に向かって行くのも人生だと思っています。
具体的にどういう身分で次までを過ごすのかは現在関係各方面と検討中で未定の部分が大きいのですが、順次HP等でご報告する予定です。
選挙活動のほかにも、医学部と経済学部の大学院への在籍、司法試験合格、会社の起業と経営、ハーバード大附属マサチューセッツ総合病院での研究と、米山先生のご経歴は非常に多岐に渡る。
今に至るまでの多彩なご経歴について、質問を重ねた。
―――東大の学部生時代は、どのように過ごされましたか。
「医学をというわけではないのですが、色々なことを比較的よく勉強した学生だったと思います。
実は当時から政治への関心はあって、教養の時代に佐藤誠三朗という知る人ぞ知る日本政治学の大家(中曽根首相のブレーンでした)のゼミを一生懸命やったことを記憶しています。
又、数学や物理学をわりとよく勉強しました。
勉強以外では鉄門テニス部と平行して体育会のテニス部を4年間やりました。
まったくの初心者から始めたのですが、卒業後も続けて今では人生におけるほとんど唯一の楽しみになっています。
―――医学部卒業後に、東京大学大学院経済学系研究科に進まれましたが。
とても率直に言うと、色々迷ってということになるのですが、もう少し格好良い理由を言うと、いったい経済とはどういうものなのかを知りたかったからということになります。
当時はバブルの真最中で、文系の就職をした同級生達の将来像がものすごく輝いて見えて、何故こんなにも彼我の差があるのか、そこには何か隠された秘密があるのか、という様な疑問を感じやすい状況でもありました。
専攻はファイナンス理論でした。これは微分方程式や確率論を駆使して金融商品の開発をしたり、経済状況を分析したりするもので、理系出身の私が利点を持つ分野でした。
ここで経済の大きな枠組みを学ぶことが出来、「何故文系は儲かるのか」という極めて素朴な疑問に、自分なりの答えを見出すことが出来ました。
また、この間幸いにしてファイナンス理論を外資系の証券会社で教える機会を持てまして、そこでその世界の方々と知己を得られたことも大きな財産になりました。
―――MRT(medical research and technology)という会社を起業し、経営されています。どのような企業なのでしょうか。また、運営に苦心した点などありましたか。
インターネットを利用して、会員の医師を医療機関に紹介する会社です。
運営における苦心は、極めて日常的なことになります。
顧客である医療機関と医師の要望を聞いて、それを実行して、失敗があったらそのフォローをする、その1つ1つを確実に行うことがいかに大変かを、身をもって学びました。
またこれが一番難しいことではあるのですが、そういった当たり前のことをきちんと行うことができれば、企業というものはある程度の形にはなるものだということも学びました。
私は医師の仕事の傍ら起業を行ったため、部分的な時間しか投下できませんでしたので、本業の収入と得た利益の合計は、医師としての仕事に専念していた場合とほとんど変わりませんでした。
経済学でいうところの『神の見えざる手』が働いたのでしょうか。
その意味では、私は経済学部で学んだ理論を、身をもって実証したと思っています。
ただこの起業を通じて学んだところはやはりとても大きかったと思います。
皆さんの中で起業を考えておられる方が居られましたら、そのこと自体の面白さを追求するならばやる価値はとても大きいと思います。
―――司法や経済の知識は、選挙にも活かされるものがありましたか。
選挙そのものについては、法律の知識、経済の知識はほぼ何の役にも立ちません。
ただ政治を考える上では、やはりとても大きな力になりました。
例えば今回の選挙で最大の争点だった郵政民営化の是非を判断する上で、大まかなマクロ経済学と金融論の知識があるのとないのとでは、大分見え方が変わります。
また、法律の知識もあると、そこにもう1つの視点を入れることが出来ます。
郵政民営化は「郵政民営化法(案)」という法律を国会に通すことで実現します。
そして賛成派と反対派は、各々この法案の中の一言一句をめぐって壮絶な綱引きと妥協を繰り広げます。
時には、関係省庁の官僚が、ひっそりとこの中の文言を変えてしまうこともあります。
そういったたった一言の文言の変更が、何故法案全体の意味を変えてしまい得るのかが分かるということは、政治を考える上でとても役に立つことだと思います。
―――ハーバード大学附属マサチューセッツ総合病院で研究員をされていますが、現在どのような研究をされているのですか。また、日米の環境の違などもお教えください。
心臓のMRIの研究をしています。
当初はMRI InterventionといってMRI透視下で心臓のInterventionを行う機器を開発する予定だったのですが、ラボの事情で、現在は多能性幹細胞をラベリングして心臓治療を行い、その効果をMRIで追跡、評価する方向に重点が移っています。
アメリカの素晴らしいところは、第一は多様な人材が集まっていること、第二は研究室間、施設間の協力がとてもスムーズに行われていることだと思います。
東大も最近は様々な人材が集っているのだとは思いますが、それでも医学部の研究室のメンバーの過半数は東大医学部出身者だろうと思います。
正確な統計は知らないのですが、MGH(マサチューセッツ総合病院)では、出身学部、出身大学、出身国籍にいたるまで非常に多様です。
この多様性が、「新しいことを考える」上で大きな原動力になっています。
また、何か自分のラボで出来ないことがあると、とても容易に研究室間・施設間の協力が行われます。
その範囲は、ハーバード、MIT、タフツといった近隣の大学のみならず、海外の大学にまで広がっています。
この柔軟性が、「新しく試せること」の範囲をとても大きく広げています。
さまざまな分野に挑戦する原動力はどこから生まれるのだろうか。「単に物事を素通りするのが苦手なだけ」と先生は語る。誰もが、始める前にためらってしまうような事にも果敢に挑戦し、新しいものを得ていく前向きな姿勢が印象的であった。この力あふれる候補に、多くの有権者が票を投じたことは想像に難くない。最後に、米山先生から鉄門の同窓生へのメッセージをいただいた。
自分が紆余曲折の人生を送っているから余計そう思えるのかもしれませんが、医療・医学というのはとても素晴らしい領域です。この世界で一生懸命何かをやりぬけば皆さんであれば必ず素晴らしい結果を得られます。是非頑張ってください。
ただもし心の中に、何か他に抑えがたい情熱があるならば、それに身を投じてみるのも悪いことばかりではありません。色々な困難はありますが、情熱こそが、何ものにも勝る才能だからです。
(編集部 福馬伸章 永渕泰雄)
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